大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

鹿児島地方裁判所 昭和59年(ワ)863号 判決

原告

株式会社シティハウス

右代表者代表取締役

末原耕作

右訴訟代理人弁護士

久留達夫

被告

福元昭雄

林巖

林カツ

右林両名訴訟代理人弁護士

永仮正弘

被告

右代表者法務大臣

鈴木省吾

右指定代理人

西修一郎

外五名

主文

一  被告福元昭雄は原告に対し、七八九万一〇四五円及びこれに対する昭和六〇年六月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告林巖、同林カツ、同国は原告に対し、各自三一七万六四一八円及びこれに対する昭和六〇年六月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告の被告林巖、同林カツ、同国に対するその余の各請求を棄却する。

四  訴訟費用中、原告と被告福元昭雄との間に生じたものは同被告の負担とし、原告と被告林巖、同林カツ、同国との間に生じたものはこれを五分し、その三を原告の、その余を同被告らの負担とする。

五  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告らは原告に対し、各自七八九万一〇四五円及びこれに対する昭和六〇年六月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決及び仮執行の宣言。

二  被告林巖、同林カツ、同国

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決及び担保を条件とする仮執行免脱の宣言(但し、仮執行免脱宣言の申立は被告国のみ)。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和五八年一二月一日被告福元昭雄(以下「被告昭雄」という。)との間で、同被告所有の別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)を代金一七〇〇万円で買受ける旨の契約をし(以下「本件売買」という。)、その支払として同被告に対し、同日一五〇万円、同年一二月六日五〇万円、同月九日一五〇〇万円をそれぞれ支払つた。

2  本件土地については、昭和五八年一二月一日鹿児島地方法務局受付で、真正な登記名義の回復を原因として訴外福元幸雄(以下「訴外幸雄」という。)から被告昭雄に対する所有権移転登記を経由したうえ(以下「本件登記」という。)、同月九日本件売買を原因とする被告昭雄から原告に対する所有権移転登記がなされた。

3  ところが、訴外幸雄は、本件登記は被告昭雄が勝手に訴外幸雄の印鑑登録の改印届をしたうえ偽造の印鑑を使用してなした無効なものであると主張して、原告外二名を相手方として本件土地につきなされた被告昭雄から原告に対する前記所有権移転登記の抹消登記手続を求める訴を提起した(鹿児島地方裁判所昭和五八年(ワ)第七六八号事件。以下「前訴」という。)。そして、訴外幸雄が主張する右事実が真実であることが判明したため、原告と同訴外人との間で昭和五九年二月一七日、原告は同訴外人から一〇五〇万円の返還を受けるとともに、本件土地につき同訴外人に対し真正な所有名義の回復を原因として所有権移転登記手続をする旨の訴訟上の和解が成立した。

4  被告らは、次のような理由により、本件売買に関し原告が受けた損害を賠償すべき責任がある。

(一) 被告昭雄

被告昭雄は、訴外幸雄所有の本件土地を同被告所有のものと欺罔して原告に売却したものであるから、民法七〇九条により損害賠償責任を負う。

(二) 被告林巖、同林カツ

本件登記は、昭和五八年一一月二九日被告林巖(以下「被告巖」という。)が被告昭雄から司法書士としてその申請手続を受任したうえ、同被告及びその妻である被告林カツ(以下「被告カツ」という。)両名名義の保証書(以下「本件保証書」という。)により申請手続をしたものであるところ、右保証書の作成に当つては、同被告両名は、直接登記義務者に会つて確認するなどして、善良なる管理者の注意義務をもつて登記義務者に人違がないことを保証しなければならないのに、同被告らはこれを怠り、その結果原告は本件登記が真正なものと信じて本件売買をなすに至つたものであるから、右被告両名は民法七〇九条により損害賠償責任がある。

(三) 被告国

前記のような保証書による所有権移転登記の申請がなされた場合には、不動産登記法四四条ノ二により、登記官はその旨を郵便をもつて登記義務者に通知し、かつ、登記義務者が登記申請の間違ないことを登記官に申出た場合にこれを受理すべきものであるところ、本件の場合、鹿児島地方法務局登記官の訴外幸雄に対する葉書による通知に対し、被告昭雄が「福元昭雄」と自己の名前を署名したうえ「福元」印を押印して回答したのに、登記官は右事実を看過して本件登記申請を受理したものであるから、登記官に過失があつたものというべく、かつ、右は公権力の行使たる職務の執行につきなされたものであるので、被告国は国家賠償法(以下「国賠法」という。)一条一項に基づき損害賠償責任を負う。

5  本件売買に関し原告が受けた損害は、次のとおり合計七八九万一〇四五円である。

(一) 未填補の支払代金 六五〇万円

被告昭雄に詐取された売買代金一七〇〇万円から、その後訴外幸雄より支払を受けた和解金一〇五〇万円を差引いた残額。

(二) 解約手数料 二〇万円

原告は、昭和五八年一二月三日訴外和田康子との間で本件土地の売買契約をしたが、その後これを解約しなければならなくなつたため、同訴外人に対し支払つた解約手数料。

(三) 利息金等 八万四二九五円

原告は本件土地を購入するため、昭和五八年一二月九日訴外株式会社旭相互銀行から一五〇〇万円を借入れたが、これを昭和五九年二月一六日返済するまで同銀行に対し支払つた利息等。

(四) 登記費用等 二五万六七五〇円

本件土地についての所有権移転登記手続のため要した費用及び登録免許税。

(五) 弁護士費用 八五万円

前訴分一五万円、本訴分七〇万円。

6  よつて、原告は被告ら各自に対し、右損害七八九万一〇四五円及びこれに対する訴状送達後の昭和六〇年六月一八日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告らの答弁

(被告巖、同カツ)

1  請求原因1の事実は知らない。

2  同2の事実は認める。

3  同3の事実は知らない。

4  同4(二)の事実のうち、被告巖が司法書士として本件登記申請手続を受任したこと、その際、被告巖、同カツ両名名義の保証書を作成してその申請手続をしたことは認めるが、その余は争う。被告巖は、被告昭雄から本件登記申請手続を受任した際、確認のため訴外幸雄に電話したが、あいにく不在で直接確認はできなかつたものの、以前訴外幸雄から二回登記申請手続の委任を受けて同人と面識があり、かつ、被告昭雄が訴外幸雄名義の捺印のある委任状と印鑑証明書を持参したことから、訴外幸雄が真実本件登記申請手続を委任したものと考えて保証したのであり、被告巖、同カツに過失はない。

5  同5の事実は知らない。

(被告国)

1  請求原因1の事実は知らない。

2  同2の事実は認める。

3  同3の事実のうち、訴外幸雄が原告外二名を相手方として前訴を提起したこと、及び原告主張の訴訟上の和解が成立したことは認めるが、その余の事実は知らない。

4  同4(三)の事実のうち、本件登記申請が本件保証書によつてなされたこと、及び登記官から葉書により訴外幸雄に対する確認がなされ、これに対し被告昭雄名を記載した回答があつたが、登記官がこれを看過して本件登記を実行したことは認めるが、その余は争う。本件登記申請の場合、登記義務者である訴外幸雄に対する通知の回答欄に押捺された印影と本件登記申請書添付の委任状、印鑑証明書の印影とが同一であり、また、同回答の氏名、住所の記載も「幸雄」の「幸」が「昭」となつているほか右添付書類の記載と相違がなく、かつ、被告巖、同カツの両名によつて登記義務者に間違いのないことが保証されているのであるから、本件登記申請が訴外幸雄の真意によるものと判断して差し支えない形式を備えていた。したがつて、本件登記を担当した登記官に過失はない。

5  同5の事実は争う。

(被告昭雄)

公示送達による呼出を受けたが、本件口頭弁論期日に出頭しない。

三  被告国、同巖、同カツの抗弁

原告は不動産売買を業とするが、本件土地の売買に先立つ昭和五八年七月ころ被告昭雄から、本件土地に近接する鹿児島市宇宿一丁目三〇番一四、同番三〇の各土地を買受けた。ところで、右各土地は、もと被告昭雄、訴外幸雄及び訴外亡福元キク三名の共有であつたが、昭和五六年一一月一八日右各土地の訴外幸雄の共有持分と本件土地の被告昭雄の共有持分とが交換されたものである。このような事情は、不動産取引の専門家である原告には不動産登記簿から容易に判明したはずであり、原告は本件売買に際し、被告昭雄の言動に疑念を抱き得たはずである。しかるに、原告は、本件土地の売買を急ぐあまり、登記簿上の所有名義人である訴外幸雄にその意思を確認することなく昭雄の言のみを信用して安易に本件売買をしたものであり、原告には重大な過失があるから、相当の過失相殺がなされるべきである。

四  抗弁に対する原告の答弁

抗弁事実のうち、原告が宅地、建物取引業者であることは認めるが、原告に過失があつたことは争う。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

一〈証拠〉によれば、請求原因1ないし3の事実が認められ、これに反する証拠はない(被告巖、同カツ、同国との間では請求原因2の事実は当事者間に争いがなく、かつ、被告国との間では同3の事実についても大方争いがない。)。

二そこで、被告らの責任原因につき検討する。

1  被告昭雄

〈証拠〉によれば、本件売買の際、被告昭雄は、本件土地が同被告の実兄である訴外幸雄所有のものであるにもかかわらず、原告代表者末原耕作に対し、「本件土地の真実の所有者は被告昭雄である。」と申し述べて本件土地を売込み、その旨右末原を欺いて本件売買契約を締結させたものであることが認められ、これに反する証拠はない。したがつて、被告昭雄は、民法七〇九条により同被告の右行為によつて原告が受けた損害を賠償すべき責任がある。

2  被告巖、同カツ

司法書士である被告巖が、昭和五八年一一月二九日被告昭雄から本件登記申請手続の委任を受け、同被告及びその妻である被告カツ両名名義の本件保証書を作成し、同保証書を添付して本件登記申請手続をしたこと、その際、同被告らが直接訴外幸雄に対して真意を確認しなかつたことは、当事者間に争いがない。

ところで、登記の申請に当つては原則として、登記済証の提出若しくはこれに代る保証書の添付を要するものとされているが(不動産登記法三五条一項三号、四四条。以下不動産登記法を「法」という。)、その目的は、当該登記申請が登記義務者の真意に出たものであることを確かめ、もつて不実、無効の登記の発生を予防することにあると解せられる。したがつて、右趣旨に照らして考えると、登記申請が登記義務者の使者又は代理人によつてなされる場合に保証書を作成せんとする者は、当該使者若しくは代理人が真実登記義務者の使者又は代理人であるかを、善良なる管理者の注意義務をもつて確認する義務があるものというべきである。

これを本件についてみるに、前記争いのない事実に〈証拠〉を合わせ考えると、被告巖は、本件登記申請を受任した際、確認のため訴外幸雄に電話したものの同人が不在であつたため連絡がとれず、その後は同人の意思確認のため格別の措置をとらないまま、被告昭雄の言をそのまま信じて被告カツとともに本件保証書を作成するに至つたものであることが認められ、これに反する証拠はない。そして、右事実によれば、右被告両名には、本件保証書を作成するにつき訴外幸雄の真意を確認する措置を怠つた過失があるものというべく、同被告らは、民法七〇九条により、本件登記を信じて本件売買をしたことによつて原告が受けた損害を賠償すべき責任があるものと解するのが相当である。

3  被告国

本件登記申請が本件保証書によつてなされたこと、登記官からの訴外幸雄宛の通知に対する回答に、「福元昭雄」と記載されていたのに、登記官がこれを看過して本件登記を実行したことは、当事者間に争いがない。そして、〈証拠〉によれば、訴外幸雄は登記官からの右通知を受領したことはなく、登記官に対する回答は、被告昭雄が昭和五八年一一月二八日鹿児島市役所において、訴外幸雄に無断で同人の従前の印鑑登録亡失届及び偽造印鑑による訴外幸雄名義の新たな印鑑登録手続をしたうえ、その新たな登録印を使用して勝手に回答したものであることが認められ、これに反する証拠はない。

ところで、保証書によつて所有権に関する登記申請がなされた場合には、登記官はそのような申請があつた旨を郵便をもつて登記義務者に通知することを要し(法四四条ノ二第一項)、この通知を受けた登記義務者は、その登記申請に間違いがなければ、通知書に、「通知にかかる登記申請は間違いない」旨を記載して署名捺印したうえ、郵送又は持参してこれを登記所に提出しなければならず(法施行細則四二条ノ三)、登記官が通知を発した日から三週間以内に、登記義務者から登記申請に間違いない旨の右申出がない場合には、当該登記申請は却下されることとなつている(法四九条一一号)。以上のような登記義務者に対する通知制度の趣旨は、保証書による登記申請の場合には、その性質上登記済証による場合と比較して登記事故発生の危険をより多く内包しているため、登記義務者の真意の確認に慎重を期する必要があることから設けられたものと解せられる。

右のような通知制度の趣旨、及び丙第三号証の七の記載によると、回答書の氏名の記載が僅か一字違いであるとはいえ、「福元幸雄」と「福元昭雄」とが異なることは通常人であれば一見して容易に見分けられることが認められることに照らして考えると、前記回答に「昭雄」とあるのを看過した登記官の本件登記申請についての審査には、過失があるものといわざるを得ない。そして、登記官が取扱う登記事務が国賠法一条一項所定の「公権力の行使」に該当することは明らかであるから、被告国は、同条項に基づき本件売買により原告が受けた損害を賠償すべき責任がある。

三次に、原告の損害につき検討する(但し、本訴弁護士費用は後記五で判断する。)。

1  未填補の支払代金

〈証拠〉によれば、原告は被告昭雄に対し本件売買代金として一七〇〇万円を支払つたが、その後前訴における訴訟上の和解により訴外幸雄から一〇五〇万円を回収したので、結局右差額六五〇万円の損害を受けていることが認められ、これに反する証拠はない。

2  解約手数料

〈証拠〉によれば、原告は昭和五八年一二月三日訴外和田康子との間で本件土地の売買契約を締結したが、その後本件土地が訴外幸雄の所有であることが判明したため、右和田との間の売買契約を解約し、昭和五九年一月九日その解約手数料として同人に対し二〇万円を支払つたことが認められ、これに反する証拠はない。

3  利息金等

〈証拠〉によれば、原告は本件土地売買代金の資金調達のため、昭和五八年一二月九日訴外株式会社旭相互銀行から一五〇〇万円を借入れ、昭和五九年二月一六日返済したが、その間右借入金の利息、損害金及び借入手続費用として、同銀行に対し合計八万四二九五円を支払つたことが認められ、これに反する証拠はない。

4  登記費用等

〈証拠〉によれば、(1) 原告は、前記3の株式会社旭相互銀行からの借入債務担保のため本件土地につき根抵当権及び地上権を設定したが、その各設定登記及び本件売買に関する所有権移転登記手続を司法書士に委任し、その報酬及び登録免許税として、昭和五八年一二月司法書士に対し合計二三万六七五〇円を支払つたこと、(2) その後訴外幸雄との間で前記訴訟上の和解が成立したので、右根抵当権及び地上権の各設定登記の抹消を要することとなり、原告はその手続を司法書士に委任して報酬及び登録免許税として二万円を支払つたこと、が認められ、これに反する証拠はない。したがつて、原告は、本件売買に関する登記関係費用として合計二五万六七五〇円を負担したこととなる。

5  前訴弁護士費用

原告は前訴を、本訴の訴訟代理人でもある久留弁護士に委任し、その報酬として一五万円を支払つたことが認められ、これに反する証拠はない。

右1ないし5によると、原告の損害額は合計七一九万一〇四五円になる。

四次に、被告国、同巖、同カツの過失相殺の主張につき判断する。

〈証拠〉によれば、原告代表者末原は、昭和五八年一一月被告昭雄から本件土地を買わないかと持ち掛けられ、かつ、その際、本件土地の登記簿上の所有名義が未だ訴外幸雄名義となつている旨の説明を受けたにもかかわらず、訴外幸雄に対し、本件土地の所有権者が被告昭雄に間違いないか否かを確認する措置を全くとらず、被告昭雄の「自分が所有者である。」との言と本件登記のみから安易に本件土地が同被告の所有に属するものと信じて本件売買をしたことが認められ、これに反する証拠はない。以上の事実に原告が不動産取引業者であること(同事実は当事者間に争いがない。)を合わせ考えると、本件売買をなすについては原告にも過失があつたものというべく、被告昭雄を除くその余の被告らの賠償額を算出するについては右原告の過失を斟酌することとし、かつ、原告の過失割合を六割とみるのが相当である。そこで、前項の損害七一九万一〇四五円を右過失割合で相殺すると、二八七万六四一八円となる。

五次に、本件訴訟の委任による弁護士費用につき検討するに、前記認容額等に照らし、被告昭雄に七〇万円、その余の被告らに三〇万円の限度で負担させるのが相当である。

六よつて、原告の本訴請求のうち、被告昭雄に対する請求はすべて理由があるからこれを認容し(昭和六〇年六月一八日が訴状送達後の日であることは記録上明らかである。)、その余の被告らに対する各請求は、被告ら各自に対し、前記四、五に判示の損害合計三一七万六四一八円及びこれに対する訴状送達後の日であることが記録上明らかな昭和六〇年六月一八日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、右限度で各請求を認容し、その余の各請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。なお、被告国、同巖、同カツに対する各請求についての仮執行宣言の申立は、相当でないからこれを却下する。

(裁判官湯地紘一郎)

物件目録

鹿児島市宇宿一丁目二九番二三

宅地 一四〇・八五平方メートル

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例